職人文化
渡辺京二氏の「逝きし世の面影」に
明治に来日した外国人が驚いたものに
庶民が日常使用して生活用品、小間物がある
彼らの目には総て芸術品に見えたようだ
ヨーロッパでは芸術品は王侯貴族でなければ手に取る事も
目にふれる事も無い
日本の家屋も絶賛している
大工、左官、建具、板金、家具・・・・・・職人等が作った家に感動したのである
そこで生活し、普段の生活でまるで芸術品を使っていることに驚いたという
それを作ってきたのは名も無い無名の職人達である
その技能、技術は親方の元に弟子入りし、6年間の年季奉公で
身に付けたものであった
6年間の間に技能だけでなく、人間性、人物、社会性、職人魂を
親方、兄弟子から叩き込まれたのだ
職人を物心両面で支えたのが大名、大商人、庄屋等の人々であった
職人は出来た品物を納めても金額は言わなかった
依頼主がその品物を鑑定し、評価して、代価を支払った
職人はその代価に文句を言う事はなかったが
品物に似合う代価が少ないと依頼主の鑑識眼の無さが世間から
笑われた
庶民の使用するものが芸術品に見えるという事は
庶民一人、一人が美に対する高い鑑識眼があったということだろう
長屋のご隠居、大工の熊さん、左官の八さん、おかみさん
皆目が肥えていたのだろう
現代人の鑑識眼はいかがなものだろう
最も工業製品に囲まれた現代人には目を肥えさせる物がない
現代の品物は職人の技から、ロボットの技に変わってしまった
ロボットの品物に、明治の外国人を感動させた驚きは無いのでは
日本人の美意識は移り変わる日本の四季の美しさが育ててきたといわれる
年季奉公は戦後、昭和40年初期までかろうじて残っていた
現代は職人養成が困難な時代になっている
左官は最盛期の6分の1に激減し、平均年齢が60を超えた
世界を驚嘆させた職人文化が後継者難で消えていくことは
残念でならない