デザイン

曽野綾子が東日本大震災の記事の中で
児童74人、教職員10人が死亡した大川小学校に触れている
大川小学校はホテルかレストランかと思われる瀟洒なコンクリート建てが廃墟として残っていた
学校の建設地点は海抜が1mちょっとしかない場所であり
この学校は建設段階から高潮や津波というものを全く意識に入れていなかったことを示している
裏山が校舎のすぐ後ろに迫ったいた
急峻な裏山であるが人が二人並んで通れるだけの緩やかなつづらおりの道を造れなかったとは
どうしても思えない
この学校のしゃれたデザインを少し犠牲にすれば
津波対策に裏山に避難路を作ることも出来たろう・・・・・・
とにかくこの校舎は、児童たった百人の学校には不似合いのデザインに遊びのある
豪華なものだった
県庁、市役所、学校などというところは建物の機能性だけを重視して質素でいい
私達の住居も特殊な芸術家の家などは別にして質素で端正ならいい
作家の家など書庫や書斎の使い勝手さえよければむしろボロ屋の外見に
作家的精神が滲みでていたものだ
また
役所が避難路を整備をしないのであれば、昔なら父兄が手弁当で勤労奉仕に出て避難路を作っただろう
今は何でも行政がやるべきである。行政の責任を求める傾向が強い
自分の命、家族の命は自分で守るという精神がなくなってきたのでは
著名な建築家がセミナーで語っていた話を思い出した
建築はまずかっこいい デザインを考える
写真家が建築がかっこよくないと撮影に苦労するからなそうだ
ちなみに安藤忠雄の建築は写真写りがいいそうである
また何の為にこんなに美しいのかと思ってもらえる建築とも言っていた
建築は生活する人、働く人、住む人の幸せを第一に考えて欲しいものだ