ナブォイ劇場

中山恭子 参議院議員 元拉致問題担当相が日本の職人の凄さを紹介している
ウズベキスタンの首都タシケントにナブォイ劇場という素晴らしい建築物がある。
66年の首都を襲った大地震に耐え、周りの建物全てが崩壊した中でびくともしなかった。
壁面のプレートに
「45年から46年にかけて極東から強制移送された数百人の日本国民がこの劇場の建設に参加し、その完成に貢献した」刻まれている
(日本人捕虜の表現を91年ソ連から独立して改められた)
シベリアに抑留され中央アジアで重労働に従事させられた「日本国民」の働きぶり
生活ぶりは現地の人々に感銘を与え今も語り継がれている。
戦争に負け帰国できるかすら分からない中にあってなお
若者達は日本人として恥ずかしくないように陰日向なく働き、良い仕事をした。
日本人は仕事でもなんでも「ひと手間かける」美意識が備わっている。
当時の若者達に「お天道さまが見ている」という教えが家庭や社会を通じて広く浸透していいた証左だろう。
和を重んじ、家族を大切にし、嘘をつかず、卑怯を恥とし、清潔に規律正しく暮らす。
素朴な徳目を、日本人らしい立ち居振る舞いを実践し
名も無い寄せ集めの若者達が態度で示した道義を遵守する行動、仕事が異国の人々にで震えるような感動を与えたのである。
近代建築は強くて合理的な大きな建築を効率性のみ重視し
なるべく早く、安く作ることを求められてきた。
伝統的な大工、左官、建具等の仕事は徹底して工業化工法の前になくされてきたのである。
ナブォイ劇場の若い職人達はつくる感動、喜びがあったと思うし
その建築を見る、使用する人々にも感動を与え、若い職人達の仕事ぶりにも感動したのであろう。
若者が建設業に入職しないと言われる。
若者が喜んで入ってくる建設業界にしたいものだ。