片っ方の手袋

87歳の元警察官の竹下義雄氏が70歳から詩のサークルに入会した
天分があり入会から6年で詩集を上梓した
詩集の表題作が
「片っ方の手袋」である
少年時代の記憶を綴った詩である
昭和10年ごろ貧しい新聞少年だった竹下氏は毎日未明
駅に着いた列車から新聞の束をリヤカーに積み、販売店まで運んだ
冬もはだし、手はあかぎれだらけ
ある朝、リヤカーの引く竹下少年は交番で警察官から声をかけられ
片方だけの手袋を貰った
わずかな暖であるが人の優しさと情が子供心に沁みた
竹下氏は終戦後、警察官の試験を受けて、警察官になり、警視まで上り詰め昭和58年に退官した
この間 あの警察官を探した
会って手袋のお礼と
「あなたと出会い、警察官を志しました」と伝えたかった
が突き止められなかった
「片っ方の手袋」
呼び止められた
だしぬけの交番前
「坊や片っ方だけどこれをあげる」
素足も凍り、合わない歯根
失語症になった僕は
あかがりの手にはめる
宇宙が11歳を包む
はじめて知った人の人情
僕の中の羅針盤はこのとき
一つの進路を目指した
人の人情の美しさ、温もりがつたわる詩である
貧しかったあの時代、みんな貧乏でつぎはぎだらけの着物、服を着ていたが
心までが貧しくなかった
貧しくても幸せに生きる道がある